なんで僕がうつ病に⁉④~極限状態―果てしない無気力と自傷行為の巻~

うつ病体験記

「……あなたの怒りが僕にとって何だというんです? 僕は望みのない恋をしているんだから、そんなことのあとでは千倍もあなたを好きになることは、わかっています。そのうちいつかあなたを殺したら、僕は自分も殺さなけりゃならなくなるでしょうね。ただそれも、あなたのいなくなった耐えきれぬ苦痛を味わうために、できるだけ永く自分を殺さずにいるでしょうよ。」(ドストエフスキー『賭博者』)

どうも、ちせいです。

今回は、うつ病体験記シリーズ最終回。僕が病院に行ってうつ病と診断される日までの極限状態を回顧しようと思う。

前回では、婚約者と別れてから僕の脳や心の中でどういうことが起こっていたかについて書いた。そして今回は、壊れかけた、あるいは壊れてしまった心が表面的にどういう症状を起こしていったか、ということについてだ。今回は、さっそく結論から申し上げよう。それはタイトルの通り、シンプルに無気力と自傷行為だ。まずは無気力について話す。

無気力というと、単にやる気が出ない、ということだろうと思われるだろう。もちろん、その認識で合っている。ただ、心の状態が健全な方と、そうでない方の無気力感というのは必ずしも同様とは言えないかもしれない。少なくとも僕の場合は、日常の仕事やルーティンに対してやる気が出ない、というようなことではなくて、そもそも生きることに意味を見出せないから結局何をやっても何の意味もない、という無気力さだ。やる前に無気力なのではなくて、何かをやった後に強烈な虚無感を感じるのだ。頑張ったけど結局無駄だった。例えば仕事や家事や趣味でさえ、自分の行った行動すべてに対する意味を考え始め、そして意味なんてない、無駄だった、と常にそういう結果にたどり着くわけだ。そしてそうなると、何事にも手がつかなくなる。腰も足も手も重くなり、ただベッドに寝転んで、何もしない。そういう状態が一日中続くのだ。だから仕事の日はまだましだ。どれだけ意味もやる気も無かろうが、義務としてやらなければならないからだ。だから少なくそも暇つぶしにはなる。いけないのは、休みの日だ。彼女とまだ同棲していたころは、あれだけ夢中になってやっていた小説の執筆も、僕の中では完全に無意味になった。小説家という大きな夢が叶ったところで、彼女と結婚して家庭を築く、という、小さいけれども現実的でかつ間違いなく幸福であろう夢を失ってしまったのだから。そして何をするにもそのことがまとわりつく。僕が一番欲しかったものを、僕は自分のせいで全て失ってしまった。僕がたとえ何をどれだけがむしゃらにやったところで、彼女との幸福な生活はもう戻ってこないのだ、そういう結論が常に僕の頭と心を支配し続けていた。だから、僕はそもそもこれ以上生きていたくはなかったし、一日一日が長くて長くて仕方なかった。そして何をしても無駄に思えるのだから何もしなくなるし、何もしないと余計なことばかり考えて、さらに心を病んでいく、その繰り返しだった。そしてついに、僕は自傷行為を繰り返すことになる。

自傷行為、つまり自分で自分の身体を傷つける行為。代表的なのはリストカットだが、僕の場合はリストカットどころではなかった。割れたガラスの破片や、プラモデルを作るためのクラフトナイフを使って、僕は自分の上半身のありとあらゆる部分を切り始めた。腕だけでなく、胸部や腹部、そして顔に至るまで。

なぜそういう行為をするようになったのか、実際のところはよく分からない。理由なんていくらでもつけられるからだ。ただ一つ、本質的な要因を上げるとすれば、それは彼女と別れるという結果を招いてしまった不甲斐ない自分をどうしても許すことができなかったのだ。つまり自傷行為は、僕にとって、自分の犯した罪に対する自分への罰なのだ。そしてその罰による苦痛を、できるだけ長く自分に対して加えなければならないと思っていた。だから一回の自傷行為で死に至るような場所はあえて切らなかった。まだ死んではいけない。僕はもっと長い間、自分で自分を苦しめ続けなければならない。そういう狂気的な思考に取りつかれていた。もちろん、自分で自分の身体を切るという行為は、本能的に人間ができることではない。それができるということは、既に人としてどこか狂い始めている証拠なのだ。最初は痛かった。なんでこんなことをしたのだろう。そういう思いはあった。でも人間は恐ろしい生き物で、慣れてくると、狂気的な行為でもなんとも思わなくなってくるものだ。そして僕は行くところまで行った。僕はついに、自分の身体に傷がついていくこと、その傷から血が流れてくること、そしてその傷に鋭い痛みを感じることに対して、快感を覚えてしまったのだ。僕は、痛みを求めていた。僕は血を求めていた。自分の身体から血が流れるのを見ていると、気が落ち着いた。そんなことあるはずない、と思われる方がほとんどだろう。でも、こればっかりはこういう精神状態になった人間にしかこの気持ちは理解できない。そして、ここまでに至った人間はもはや気違いだ。僕みたいな人間にはならない方がいいし、人としてなってはいけない。だからもし睡眠障害や人生に対する無気力感が芽生えた時点で心療内科や精神科を受診することをお勧めする。

いずれにしても、僕は自分の身体を徹底的に切り刻み続けた。そして鏡を見て、ふと我に返った時、ああ、僕なんだな、と悟った。そして2025年6月5日、僕は精神科を受診して、うつ病、及び発達障害と診断されたのだった。

僕の場合、かなり特殊な状況が僕をうつ病にした。つまり、僕は仕事や人間関係という、どちらかと言えばよくあるような要因によってうつ病になったのではない。もちろん、きっかけが婚約破棄であることには間違いないだろう。そして最後までお付き合いしてくれた読者の方に、一つだけ、誤解しないでもらいたいことがある。それは、僕と別れた女性には何の非もない、ということだ。またいつかそのことについて別の記事で語る予定だが、一番致命的だったのは、僕がADHDであったことに気が付かなかったことだ。感情のコントロールや金銭管理がうまくできない僕のせいで、彼女は僕を信じ続けてくれたのに、僕は彼女に何もしてあげることはできなかった。いつも彼女を悲しませ、苦しませ、寂しい思いをさせてしまっていた。彼女がしびれを切らしたのは当然のことだ。だから彼女は何も悪くないのだ。全ては僕自身の責任だ。そして、僕は結局そういう運命だったのだ。それでも僕は彼女を愛し続けている。今でももちろんそうだ。だからこそ、僕は自分を責め続けた。それが僕にとって正しいと思ったからだ。ただ、僕の心が、僕の意志についていけなかった、ただそれだけの話だ。だからここまで語ってきた僕の体験談は、正直特殊な事例だと僕は思っているし、だからあんまり人の役に立たないかもしれないということも分かっている。どちらかと言えば、世の中には僕みたいな人間もいるんだな、ということを知ってもらえるだけで、僕はこの体験談を書いた意味があったのだと思えるだろう。

うつ病の経過や後日談についても別の機会に回すとして、最後に僕が伝えたいことは、もし何かのきっかけで自分の心が壊れていく音が聞こえたら、ためらわず他人に相談したり、病院に行くことをお勧めする。心の病気でも、薬である程度気が楽になったりもするものだ。特に睡眠障害がある人は、睡眠薬によって眠れる時間が増えるだけでも、少なくとも身体は元気になれる。心に関しては、正直に言うと、僕も完治は無理だと思っている。もちろん人や環境や要因にもよるんだろうけど、僕に関しては、何度も言うように、今でも彼女のことが好きで、愛している。別れてから10カ月が経った。その間に色んな女性と出会った。でも僕は彼女以外の人間と結婚するつもりもなければ付き合うつもりさえない。彼女と撮った6年分の写真も、彼女に貰った沢山のプレゼントも、彼女が一生懸命書いてくれた手紙も、僕は一つ残らず大切に取っている。そしてそういう意志が、今後も僕の心にのしかかる重たい車輪になることはよくよく分かっている。でも僕はそれでいいんだ。それくらい、僕は、彼女が、好きだ。

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