僕とこのブログについて

うつ病体験記

「弁解するつもりはない。少なくともここに語られていることは現在の僕におけるベストだ。つけ加えることは何もない。それでも僕はこんな風にも考えている。うまくいけばずっと先に、何年か何十年か先に、救済された自分を発見することができるかもしれない、と。そしてその時、象は平原に還り僕はより美しい言葉で世界を語り始めるだろう。」(村上春樹『風の歌を聴け』)

はじめまして。ちせいと申します。

このブログではうつ病とADHDに振り回されながらなんとか日々を生き延びている僕の日常について書くつもりだ。このブログを始める理由は、自分が心の病気と発達障害で悩んだ経験があり(もちろんいまも悩んでいる)、僕と同じような悩みを抱えている方が少しでも生きやすくなれるような考え方とか、日々の過ごし方とかを発信したいと思ったからだ。

■ このブログで発信する内容

僕にはADHDという発達障害があり、おまけに2025年の6月にうつ病と診断された。より正確に言えば、うつ病と診断され、クリニックで治療を続けていくうちにADHDであるということがわかった。うつ病の方は、今ではだいぶ改善はしたものの、今でもときどき死にたいと思うときがあるし、実際、僕の身体には自傷行為による傷痕がいたるところに残っている。究極的には、自殺行為に及んだものの、不名誉の傷だけ残して死ぬのに失敗した経験が一度ある。それでも、あるいは、だからこそ、僕は生きなければならないのだといまは思っている。

もちろん、生きるのは楽じゃない。ただでさえ楽じゃない人生なのに、心を病んでいたり、脳に発達特性があったりする人間の人生はより一層楽じゃない。でも生きなければならない。そしてそんなことを思いながら、なんだかんだ今日も僕は生きて、毎日やってくる明日を迎えようとしている。そんな僕の日常を、あるときは趣味のことについて語ったり、あるときは人生哲学について自問自答したり、またあるときは下らない妄想話なんかをしてみたりしようと思っている。

ところで、僕は嘘をつくのが下手だし嫌いだ。知らないことを知った風に言うのもものすごく嫌いだ。だから僕がブログで書くことは、僕の正直な気持ちや意見や感想であり、そして僕の知っていることだけに限ると誓う。だから、たとえ僕の書くことが世間的には触れることがタブーだろうが間違っていようが、僕は僕自身が正しいと思ったり発信していくべきだと感じることは恐れることなく素直に書くし、そして書くからには自身の文章に責任を持つ。だから僕は極力僕の知っていることだけを語るし、そのために勉強もする。もしどうしても知らないことについて書かなければならなくなった時でも、分かることだけを語り、分からないことはすみません分かりませんと素直に謝る。僕はそういう人間だし、常にそういう人間であろうと努力している。

僕は病んでいる人たちを救いたい、なんて立派なことを言うつもりはないし、実際するつもりもない。それが僕のいまの正直な考えだ。僕はただ、毎日が長くて、辛くて、おまけにどうしようもなく退屈な方々にできるかぎり寄り添い、少なくともその方々の暇潰しのお手伝いができれば、僕とこのブログの存在価値があったと自分で感じることができるだろう。そしてそのとにはじめて、僕自身が、救済された自分を見いだすことができるのかもしれない。結局のところ、それは全部自分のためにやっていることになるのだろう。

だからそのときが来るまで、しばしの間僕にお付き合い願えると幸いだ。

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