ホメロス『イリアス』紹介―私利私欲に満ちた神々の内輪揉めと巻き込まれてゆく哀れな人間たちの物語Part3 

哲学·文学

どうも、ちせいです。

今回はホメロス『イリアス』紹介の最終回ということで、第十三歌から第二十四歌までの内容の解説と読みどころを紹介しよう。

前回の投稿で、『イリアス』全体のあらすじは大まかに説明したが、今回も岩波文庫版の下巻での物語の展開を説明したうえで、第十三歌から第二十四歌までの、特に読んで欲しい面白いシーンを紹介するという流れにする。では早速、中身に入っていこう。

1.パトロクロスの死、アキレウスとヘクトルの一騎打ち、そして神々の戦い。

内容の説明に入る前に、今回も岩波文庫版の下巻の目次を最初に羅列して、順を追って説明しよう。下巻の目次はこんな感じ。

第十三歌 船陣脇の戦い

第十四歌 ゼウスの騙し

第十五歌 船陣からの反撃

第十六歌 パトロクロスの巻

第十七歌 メネラオス奮戦す

第十八歌 武具作りの巻

第十九歌 アキレウス、怒りを収める

第二十歌 神々の戦い

第二十一歌 河畔の戦い

第二十二歌 ヘクトルの死

第二十三歌 パトロクロスの葬送競技

第二十四歌 ヘクトルの遺体引き取り

上巻、すなわち第一歌から第十二歌までは、アキレウスが不貞腐れて陣に引き籠っている間に、メネラオスとパリスの一騎打ちを以って休戦協定を結ぶ運びであったが、パリスの敗北後にトロイア軍の一人パンダロスが、勝者メネラオスに弓で矢を射てメネラオスを負傷させたことから休戦協定は破棄。約束を破られたギリシア側が総攻撃に出る。しかしなんだかんだ神の力でギリシア側が押し返されて劣性になり、ギリシア軍は再び厭戦気分に支配されていた。

下巻では、劣勢になったギリシア軍の元へポセイドンが激励にやってくるところから始まる。一方、未だ劣性にあるギリシア軍に加担するため、ヘラがゼウスを色気に満ちた甘い誘いで眠らせ、その間にポセイドンがギリシア軍に加担してトロイア軍を押し返す。気持ちよく眠っていたゼウスが目を覚ませば、あらびっくり、寝ている間にギリシア側が優性になっているではありませんか。これにブチ切れたゼウスはポセイドンを戦線から引き揚げさせ、アポロンにヘクトルの援護を命じた。

こうして再び戦況がトロイア優位になっていく中で、次第にやる気がなくなっていくギリシア軍を見ていたアキレウスの親友パトロクロスが、自分が前線に出るとアキレウスに申し出る。その心は、自分がアキレウスの鎧兜を身にまとって戦場にでれば、味方のギリシア軍たちも元気が出るだろうし、トロイア側も恐れおののいて逃げていくだろうというものだった。アキレウスは、敗走するトロイア軍を深追いしないことを条件に、パトロクロスの出陣を認める。しかしこれもしっかりフラグとなって、結局パトロクロスはアキレウスの言いつけを破ってトロイア軍を深追いしたところ、ヘクトルに殺されて挙句アキレウスの鎧兜まで奪われる。そしてパトロクロスの遺体を巡ってトロイア軍とギリシア軍が奮戦する。

パトロクロスの死を知らされたアキレウスは、悲しみと怒りで発狂し、母テティスに、自分がパトロクロスの敵討ちをやってくると言う。テティスはそれを認めるが、ヘパイストスに最強の武具を作ってもらってくるからそれまで待てと言ってヘパイストスの下に行って、どうか息子のために武具を作って下さいと頼む。テティスに恩があるヘパイストスは快く引き受け、腕を振るって最強の武具を作った。テティスはそれをアキレウスに渡し、それを身にまとったアキレウスがついに出陣を決意。そのタイミングで、喧嘩していたアガメムノンと和解し、アキレウスは戦場に赴く。

ここでついにゼウスが、自分は高みの見物をしておくから、お前たちは各々好きに介入してよろしい、と、神々に戦争への参戦を許可する。これによってギリシア側にはヘラ、アテナ、ポセイドンらが、トロイア側にはアポロン、アルテミス、アレスがそれぞれ味方して、戦争は激化する。戦況はギリシア軍が優性になり、トロイア軍は城壁の内側へと敗走してゆく。そしてついに、アキレウスとヘクトルが一騎打ちに入る。一瞬一瞬がとても長く感じられるような手に汗握る決闘、両者一進一退で互角の戦闘が続くが、最後はアキレウスがヘクトルを打ち取り、そのまま遺体を戦車に括り付けて引きずり回しながら帰ってゆく。

その後も数日間ヘクトルの遺体を引きずり回して見世物にするアキレウスであったが、それに心が引き裂かれてもう耐えられなくなったトロイアの王にしてヘクトルの父プリアモスが、ヘルメスに保護のもと、アキレウスの陣に一人で忍び込み、頼むから息子の遺体を返して下さいとお願いにやってきた。最初はバカを言うなと言った態度だったアキレウスだったが、長引く戦争でお互い大切な人を亡くして悲しみに暮れているという事実に涙して、プリアモスにヘクトルの遺体を返してやり、ヘクトルの葬儀が終わるまではトロイアに攻めないことを約束し、トロイアでヘクトルの葬儀が行われるところで物語が終わる。

2.『イリアス』下巻の読みどころ―神々の戦い

以上が『イリアス』の第十三歌から第二十四歌までのあらすじだが、ここで僕が書くのを止めてしまったら何の意味もない。前回でも触れたように、『イリアス』の真の面白さは、トロイア戦争のストーリーとか英雄伝・武勇伝なのではなく、むしろ自分の利益のことしか頭に無い神々の傲慢っぷりが描写されている、という点に求められるのだ。だからそもそも僕の場合、あらすじに重点を置いているのではなく、人間味あふれる欲深く嫉妬深い神々のやりとりの方に重点を当てる。そして、僕が下巻において、ここが面白い、と感じた部分は、なんといってもゼウスがヘラに騙されて眠る第十四歌と、神々が各々の思惑を以って戦争に介入してゆく第二十歌以降だ。以下、この二つの点に焦点を当てて、読みどころを紹介しよう。

前述のとおり、トロイア側が優性に立ち満足しているゼウスに対し、劣勢に立たされてピンチのギリシア側にどうにか救いの手を差し伸べたいと思っているヘラは、どうやったらゼウスにバレずにギリシア側を逆転させられるかについてあれこれ考えていた。そこで思いついたのがお色気作戦だ。最近夜を共にしていなくてレスになっているであろうゼウスを寝室に誘ったら、奴は必ず鼻の下を伸ばして乗ってくるに違いない。そう考えたヘラはまず、アプロディーテの元へ行き、お願いがあると言ってこういう。

それでは、そなたが神と言わず人間とを言わずことごとく打ち負かしてしまう二つの武器、「愛欲」と「慕情」とをわたしに貸してくれぬか。

ヘラは、仲が悪くなって長らく一緒に寝ていないオケアノスとテティスを仲直りさせるためだとか適当なことを言うのだが、アプロディーテは快く「愛欲」と「慕情」を貸してあげた。敵の味方をしている神のもとにお願いしにいくプライドを知らないヘラと、さすがにヘラが相手では断れないアプロディーテの弱腰が垣間見えるシーンである。

そしてヘラは今度、眠りの神ヒュプノスの元へ行き、作戦を伝える。

「眠り」よ、そなたはあらゆる神、あらゆる人間を支配する王じゃ、以前にもわたしのいうことを聴いてくれたのであれば、今度も聴いてくれぬか。聴いてくれればいつまでも恩に着るぞ。わたしがゼウスに抱かれて臥したら直ぐに、ゼウスの眉の下の輝く両目をつむらせて貰いたいのじゃ。

これに対してヒュノプスは最初断るが、ヒュノプスが恋焦がれている女神を妻にさせてやるとヘラがいうと、喜んで引き受ける。なんと単純な。

そして「愛欲」と「慕情」をまとったヘラがゼウスのもとに行くと、予想通りゼウスはヘラの虜になる。ヘラはゼウスに、これからオケアノスとテティスのところへ行って喧嘩を仲介してくると言うが、ムラムラが我慢できなくなったゼウス曰く

ヘレよ、そちらへはまた後日でも行けるであろう、さあ、われらはここで臥せって愛の喜びを味わおうではないか。相手が女神であれ、人間の女であれ、愛しく思う心が胸に絡みついて、これほどまでどうにもならぬ気持ちにさせられたことはかつてなかった……

もはやここまできたらその潔さに感服してしまうような、下心丸出しのゼウスであった。そして作戦通り、ヘラはそのままゼウスと臥所に入り、鼻の下が延びきっているゼウスをヒュノプスが眠らせる。

ここから先はあらすじで述べた通り、ゼウスが眠りに落ちた次の瞬間にはヘラがポセイドンにギリシア軍への加担を命じ、ゼウスが気持ちの良い眠りから目覚めたころにはトロイア軍が押されて劣性となり、ブチ切れるのであった。それにしても、いくら神々の王ゼウスでも、女に弱い下心まみれなのがなんだか憎めない。

さて、話は進んでゼウスの思惑によってふたたびトロイア軍が優性となり、パトロクロスが出陣して勢いづくギリシア軍ではあったが、そのパトロクロスもヘクトルにやられる。そしてとうとうアキレウスが戦場に繰り出し、すさまじい勢いでトロイア軍を押し返していくわけであるが、ここでゼウスも神々の戦争への介入を認める。特に第二十一歌では神々が直接戦闘するシーンがあるが、ここがまたたまらなく面白い。

アキレウスが次々とトロイア軍を切り捨てて、その遺体でスカマンドロス側が埋め尽くされると、怒った河神クサントスが激流を起こしてアキレウスを流そうと襲いかかる。それを見たヘラがヘパイストスに相手をさせる。

足萎えの倅よ、奮起しておくれ。そなたに対しては、渦を巻くクサントスが、良い勝負相手だとわたしらは思っていたのだから。さあ早速アキレウスを助け、凄まじく火炎を絶たせておくれ……そなたはクサントスの河岸沿いの木々を焼き、当の河も火で包んでおやり。河の甘い言葉や威しにかかって引き上げたりすることは絶対になりませぬぞ。勝手に力を抜いてはならぬ、わたしが大声で合図した時、始めて疲れを知らぬ火を停めなさい。

こうしてヘパイストスはクサントスの周りの草木を焼き尽くし、魚たちはあちこち飛び跳ねる。さすがに手も足もでないクサントスがヘパイストスに言う。

ヘパイストスよ、あなたと張り合える神は誰もおらぬが、わしとてこのように火と燃えるあなたと戦うつもりはない。戦うのはやめてもらいたい、トロイエ人らはすぐにも勇将アキレウスに町から追い出させるがよい。そもそもこのわしに、戦ったり助けてやったりする義理がどこにあろう。

それでも火を停めないヘパイストスだったが、ここでヘラがその火を停めさせる。

ヘパイストスよ、誉れ高きわが子よ、もうおやめ。人間どものことで不死の神を叩きつけるのは、よくないことだから。

自分から始めさせておいてこの言い方。非情なヘパイストスに対する冷静な母親という風に見えてしまうが、一番惨忍なのはヘラなのではなかろうか。それにしても、「人間どものことで不死の神を叩きつけるのは、よくないことだから」というセリフがなんとも良い。

さて今度は再びアレスとアテナの戦い。上巻でもこの二人は対決してアレスが負傷してオリュンポスに逃げ帰り、ゼウスにキレられるわけだったが、今回はいかがだろうか。まずはアレスがアテナを罵る。

この犬蠅めが、何故そなたはまた、己が心の促すまま大胆不敵にも神々を争わせようとするのか。そなたには覚えがないのか、テュデウスの子、ディオメデスにわたしを撃てと唆し、実は誰が見ても明らかにそなたが槍を掴んで真向からわたしに突きかかり、この美しい肌を裂いた時のことを。されば今度はそなたがこれまでの罪滅ぼしをすることになると思うぞ。

やっぱり先のことを根に持っていたアレス。そう言ってアレスは槍でアテナに突きかかるが、アテナは下がって石を取り、それを投げてアレスの頸のあたりに投げ当ててその四肢を萎えさせる。そして勝ち誇ったようにアテナが言う。

愚か者めが、わたしと力で争うとは、わたしがそなたよりどれほど強いか、そなたにはまだ判っておらぬのだな。まあこうしてそなたは、母君がそなたにかけた呪いを十分に果たすことになるわけだ。母君はそなたがアカイア勢を捨てて、傲慢無礼なトロイエ勢を助けることに腹を立て、痛い目に遭わせてやろうと考えておられるのだから。

今回もアテナの勝利。そして地に伏せて伸びているアレスを連れ帰ろうとアプロディーテが手を取る。それに気づいたヘラがアテナに言う。

なんたることか、アイギス持つゼウスの娘、アトリュトネ(アテネ)よ、またしても犬蠅めが人間の厄病神レスを、軍兵群がる戦場から連れて行こうとしているぞ。さあ後を追いなさい。

こういわれてアテナはアプロディーテの後を追い、その手でアプロディーテの胸のあたりに一撃を加えて膝も元気も崩れさせる。ヘラ、アテナのコンビはどこまでも容赦ない。

一方、ポセイドンと対峙するアポロンが、もうこれ以上人間のために神々が戦うのはやめないかと言い始める。それに対してアポロンの姉アルテミスが一喝する。

そなたは逃げるのか、遠矢の神よ、ポセイドンに勝利をそっくり譲り、なすところなく手柄を立てさせてしまった。愚か者め、どうして役にも立たぬ弓を無駄に抱えているのだ。その体たらくを見ては、以前そなたが神々の集まりでいったような、ポセイダオンを相手に堂々と戦って見せるなどという広言は、もはや二度と父上の屋敷で耳にしたくないぞ。

アポロンは何も答えなかったが、またまたこれを耳にしたヘラがキレてアルテミスに言う。

恥を知らぬ牝犬めが、どうしてそなたはわたしに立ち向かおうなどという気を起こしたのか……でも、戦さの仕方を学びたいというのなら、さあ掛かっておいで、そうなればわたしと力を競う限り、どれほどわたしの方が上手かそなたにも納得がゆくであろう。

そうしてヘラはアルテミスの手首を掴んで弓矢を奪い取り、アルテミスの耳のあたりを「笑みを浮かべつつ打ち続ける」。想像しただけで性格の悪さが伝わってくる。そして散々顔を引っぱたかれたアルテミスは泣きながらゼウスのもとへ帰ってゆき、ゼウスに同情されるのであった。

3.おわりに

僕は、日本人は神様とか仏様とかに対する信仰心が比較的薄い民族だと思っている。もちろん、それが悪いことだとは全く思っていないし、そもそも日本にはいろんな宗教が混在していて、この宗教が支配的だ、みたいなのがないゆえに、ある一つの宗教や信仰が浸透しにくいのかもしれない。だからこそ、僕が三回にわたって紹介してきた『イリアス』は、読者諸兄にとって実に新鮮な内容だったのではないだろうか。そして僕も、できるだけ読者諸兄が『イリアス』を新鮮で面白いと思ってもらえるような内容にできるよう心掛けた。

『イリアス』は、岩波文庫版で上下巻、だいたいトータルで800頁近く、非常に中身の濃い本だ。それゆえに、あらすじをできるだけ簡潔にまとめるだけでもかなり苦労したし、紹介できた読みどころもほんの一部に過ぎない。だから僕が書いてきた内容が、はっきり言って、自分の伝えたいこと、書きたいことを上手く形にできたとも、それをうまく読者諸兄に伝えられたとも思っていない。そもそもPart1を書き始めた時点で、ブログをはじめて間もない自分が、まだ2回しか読んでいない古典の中の古典『イリアス』を紹介しようなんていう試みをやるなんて、僕の手に余ると感じていた。それでも書き続けてなんとか形にできたのは、それだけ僕が『イリアス』を気に入っているとともに、この『イリアス』の面白さをなんとか誰かに伝えたいという思いが強かったからだろう。僕たちがこの世界で生きていて、時々人間業とは思えないような偶然的、奇跡的、悲劇的出来事を目にすることがあると思う。そんな時、僕は時々、オリュンポスの神々の仕業かな、なんて思ったりする。そしてこういう風に思えた時、自分の生きている世界を今までとは違った見方で見ることができる。それが、『イリアス』が、あるいはギリシア神話が僕に教えてくれたことだ。そして僕は、僕がギリシア神話から教えてもらったことを発信したいと思った。

正直に言おう。今の段階で、僕がこれまで『イリアス』について書いてきたことの内容を読む人に伝えられた自信はない。そしてそもそもそれが僕の目指すゴールではない。僕の目指すゴールは、僕が書いてきたものを読んで、『イリアス』を読んでみたい、ギリシア神話について詳しく知りたい、と思ってもらうことだ。その時に初めて、僕の書いてきた文章たちはその役目を全うし、僕は救済されるのだ。

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