「それじゃ結構だ。疲れきってしまわないようにすることだね。そうでないと、車輪の下じきになるからね」(ヘッセ『車輪の下』)
ちせいです。
うつ病の人ってどういう症状が出るんだろう、とか、身体がどういう状況になったら心の病気なんだろう、と気になったことのある方はいないだろうか。僕は自分がうつ病になる前から、こういう疑問を常に懐いていた。その時は、まさか自分が本当に心の病気になるなんて思ってもみなかったのだが。そして実際、僕は2025年の6月の初旬のある日、ついに自分の心身がおかしくなったと思って精神科に行ったのだが、その話は次回にするとして、今回の本題は、僕の精神がだんだんおかしくなってきたなと感じ始めたころのことについて語ろうと思う。
まず第一に、冒頭の疑問、つまり心の病気になった時、あるいはなりかけているときにどういう症状が出るのか、ということについてだが、まず第一に断っておきたいのが、こうなる、という明確な回答はないということだ。というか、より厳密に言えば、少なくとも僕は精神科や心療内科の医者ではないから、一般的な症状については言えないしそもそも知らない。だからこれはあくまで僕の体験談であり、僕はこういう風になっていったぞということをただ語ることしかできない。そして何より、これから僕が語ることと同じようなことが当てはまる方が必ずしも心の病気か、それになりかけているということも一概には言えないかもしれない、ということも同時に断っておかなければなるまい。
前回の投稿で、僕の睡眠の質が明らかに悪くなっていったことを語った。具体的には入眠障害と中途覚醒のダブルパンチだ。ところで、心の病気が必ずしも睡眠障害を伴うのかどうかということについては医者に聞いたことも自分で調べたことも無いから知らないが、少なくとも睡眠の質が悪化することでストレスが溜まる、あるいは溜まったストレスが緩和されない、ということはどうやら確からしい。これは医者や薬剤師の方から聞いた話だからおそらく間違いないのだろうが、人間は少なくとも4~5時間くらいまとまった睡眠をとらなければ心身の疲れが十分に回復しないらしい。そして回復しないということは、疲れるたびにそれが蓄積されていく、ということだ。要するに、まとまった睡眠時間の確保ができなければできなくなるほど、心も体もボロボロになっていくのだ。
ところで、僕は入眠障害と中途覚醒という、寝付けないししかもようやく眠りに落ちてもすぐ目覚めるという最悪の状態だったが、その身体的な影響はあまりなかったと思う。それは単に、今思い出そうとしても思い出せないだけなのかもしれないが、そもそも覚えていないのなら、結局それくらい大したことではなかったのかもしれない。とりあえず覚えていることと言えば、起きても寝た気にならず常に頭と身体にだるさを感じる、日中も常に眠気を感じる、全然頭が回らない、くらいのことで、確かに仕事をする上ではだいぶ問題があったのかもしれない(そして実際いろいろミスったのだが)。あるいはメンタルがあまりにも強すぎたせいでフィジカル的には大したことがなかったと感じるのかもしれない。
さて、前回のおさらいはこのくらいにして、そろそろ今回の本題に入ろう。
僕がうつ病になっているか、あるいはなりかけているのかもしれないという自覚がこの時点であったわけではないけれど、それでも心が壊れていく音は聞こえた。その症状の一つは、究極の情緒不安定だ。ただし、この情緒不安定は表に出てくることは無い。例えば家で一人でいる時とか夜布団に入った時、あるいは仕事場で究極に暇な時の物事の考え方における喜怒哀楽の不安定性、とでも言おうか。なかなか言葉では上手く説明できないから、具体的な話をする。
まず僕は、なぜ自分が彼女と別れたのかということを考え始めた。それは僕の年収が少なかったせいなのか、それとも僕の性格が彼女にとって合わなかったせいなのか、僕が小説家になろうとしていて、三十歳までは挑戦したいということについての不安が爆発したのか。あるいはそもそも僕に冷めてきて、同じタイミングでもっといい異性にどこかしらで出会ってしまったのか。そんなことを考え続けた。そして、浮かんできたあらゆる可能性について、僕は一つ一つ自分なりに答えを出し始めた。年収が少ないのは会社が悪い。しかしそれを理由に貯金できなかった僕が悪い。そもそも僕より年収が多い彼女の会社のせいだ。僕は三十歳までに小説家になれなかったら、夢を諦めて無難な会社員であり続ける。だから三十歳まで僕のやりたいようにやらせてくれ、とプロポーズする前に彼女に言って、彼女はそれを受け入れてくれた。しかし結果別れた。もしその理由が、僕が三十歳まで小説家を目指し続けていることだったとしたら、僕は彼女に裏切られたということになる。彼女は僕を裏切ったのか。それとも僕が彼女を裏切ったのか。どっちなんだ。もし僕と彼女の性格の違いから関係に亀裂が入ったとしたら、それはいつからなのか。どこですれ違ったのか。どのときにどういう言動が悪かったのか、そしてそもそもそれは誰のせいなのか、誰のせいでもないのか。もし彼女が、別の男に惹かれていったとするなら、僕はそいつに負けたことになる。しかしそんなことが許されていいのか。その男は彼女を僕から横取りし、彼女は僕を裏切ったんじゃないか。そんなことがどんどん頭に浮かんでくる。そうすると、自分や彼女やその他僕らを取り巻いていたあらゆる環境に対して、理不尽な怒りと悲しみが心を支配するようになってきた。そして結局、その果てに僕が行きついたのは、無限に続く自己否定だ。
僕は彼女を悪者には絶対にしたくなかった。彼女が僕を裏切ったのではなく、僕が彼女を裏切ったのだ。意識的にせよ無意識的にせよ、僕は彼女の期待を常に裏切り続けていたのだ、そういう風に思うことによって、僕は自分も彼女も救われると本気で思っていた。もちろん、今でもそう思っている。だから上に書いたような、僕が考え続けたあらゆることに関して、結局全部僕が悪い、僕のせいだ、僕があの時こうしてれば、今は違った結果になっていたはずだと、僕は常にそう考えるようになった。重くて巨大な車輪が、僕の心の上にのしかかって常に僕を押しつぶそうとしていた。そして僕は自分で作りだした車輪が自分の心の上に乗っかって押しつぶしている状況にすら、見て見ぬふりをしていたのだ。そんな状況が二カ月半くらい続いてから、僕の心の崩壊はついに表面化することになる。


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